真偽検証: 「伊藤忠、イラクで油田権益 英蘭シェルから取得(2018年1月17日、日経新聞)」なぜシェルは同油田権益を売却したのか?

こんにちは、エンヂニアです。

今日は日経新聞記事の真偽を検証してみたいと思います。

少し前になりますが、2018年1月17日付の日経新聞に「伊藤忠、イラクで油田権益
英蘭シェルから取得 日本の原油、安定調達」という記事が出ていました。

【ロンドン=篠崎健太、ニューヨーク=稲井創一】伊藤忠商事が英蘭石油大手ロイヤル・ダッチ・シェルから、イラクの大型油田の権益を取得することが16日までに明らかになった。イラクは世界有数の原油埋蔵量があり、今後の生産拡大が見込める。英蘭シェルが撤退を進めるのを機に事業に参画し、日本の原油の安定調達につなげる。伊藤忠が取得す...

シェルが保有する「西クルナ油田」20%権益の全てを、言わずと知れた日本の大手総合商社伊藤忠商事に売却する、という記事でした。操業主体は米エクソンモービルです。

この中で、シェルの売却理由について以下の様に推測されていました。

英蘭シェルは治安面の懸念や欧州の再生可能エネルギーシフトの流れを受けて撤退を決めたとみられる。

一見しただけでは正しそうに見えるかもしれませんが、シェルが2016年のBGグループ買収後にバランスシート改善の為、300億ドルを目標とする資産売却を進めているのは業界では有名な話。どれだけ「治安」と「再生可能エネルギーシフト」という2つの要素が強いのか、疑問に思いました。

日本を離れて8年経っても購読中の日経新聞には大変お世話になっていますが、正直誤りも非常に多いです。時には”Fake News”、と言ったら言い過ぎかもしれませんが、あまりに事実誤認がひどい時もあります。

本記事に関して言うと、「やっぱりイラクって危険なところなんだな」という印象と、「大手石油会社ですら油ガス田開発から撤退するほど脱化石燃料が進んでいるんだな」という印象が一般的には残るんだと思います。特に後者は最近EVの話がかまびすしいですからね。

この、「印象」ほど厄介なものはありません。

自分も含め、多くの人にとっては「印象」はいつの間にか「事実」にすり替わってしまいます。悲しいかな、全ての情報のソースを覚えていられないですからね。

しかも、その「事実」は時として(というより下手をすれば多くの場合)、暗黙知として蓄積されて、それと知る事さえなく思考に影響・支配することすらあります。常に自分に対して批判的思考を実践できる人はさにあらず、でしょうが。

もちろんこの記事だけを見て事業戦略を決める会社なんてあり得ないですが、多くの日本のビジネスマンが誤った印象を蓄積させていくのだとしたらそれは不幸なことです。

以上のような疑問・問題意識を背景に、本日経新聞記事の推測・仮説を検証してみることにしました。尚、真面目な記事なので(ラーメン巡り・投稿も真面目に取り組んでますが)以下、第一人称は筆者とします。

仮説検証の手法

上記の売却理由の仮説が正しければ、シェル社について以下のような動きが見られるはずです。

  1. イラク危険地帯からの完全撤退若しくはそれに向けた流れ・取り組み
  2. 化石燃料への投資の鈍化

1は、❝治安面の懸念❞という部分から導かれますね。

2は、❝再生可能エネルギーシフト❞という部分から。そもそもあまりにも漠然とした理由ですがそれはさておき、「再生可能エネルギーへのシフト」の様な超「マクロ」な事象を理由に特定の油田から撤退するのであれば、その他の油ガス田も含む化石燃料全般にもそのロジックを当てはめないとバランスがとれません。

本投稿では、できるだけパブリックに得られる情報を使ってこれらの点の真偽を検証し、そこから仮説の正しさについて結論付けてみたいと思います。

シェルのイラク国内資産

まずは1の「イラク危険地帯からの完全撤退若しくはそれに向けた流れ・取り組み」が見られるかを検証して行きます。

2018年1月11日付のロイター記事を読むと、以下のことが分かります。

  • イラク国内最大級油田であり、同社が操業主体を務めるMajnoon油田開発共同事業体からも2018年6月末までに撤退予定
  • 一方、シェルはガス生産事業には引き続きコミット。44%を出資するBasrah Gas Company(以下”BGC”)を通じた事業開発・拡張に注力。BGC社はRumaila, West Qurna 1及びZubairと言った油ガス田からの生産ガスの処理事業を実施。

このWest Qurna 1とは、日経の記事で西クルナ油田と呼ばれていた油田であり、今回伊藤忠商事に20%権益が売却され油田です1)

つまり、シェルはイラクからの完全撤退など今のところ考えていないようです。株主として参画するBGC社を通じた事業を寧ろ拡大すると言っていますから。

日経の言う❝治安面の懸念❞と言う点をより具体的に検証する為に、イラクのどの部分にこれらのシェルの保有していた・いる資産が点在しているのかを見てみましょう。「イラク」は国土面積約43.7万km2。日本が37.8万km2ですから、日本よりも約16%大きい訳です。エリアによって危険レベルが大きく違って当然。

より危険なエリアにある資産・事業からは撤退し、そうでないエリアの事業だけを残しているのか?ということを検証するのが目的です。

次の図を見て下さい。

“Chafeet, H.A., 2016,  Yamama Reservoir Characterization in the West Qurna Oil Field, Southern Iraq, Iraqi Journal of Science”より抜粋し、BGC社ホームページ情報等をもとに加工

今回シェルが売却した西クルナ油田と、シェルが事業拡大を図ると言っているBGC社の保有するパイプラインやガス処理プラント等の資産(青吹き出し)がエリア的に非常に近いことが分かります。この地図全体が120km x 120km程度ですから。寧ろ、人員や物資の移動等考えれば完全にオーバーラップしていると言っていいでしょう。

もうお分かりですね。

もし治安の懸念を理由に西クルナ油田から撤退するのであれば、BGC社の株主としてもシェルは撤退するはずです。

BGC社に人員を派遣しているはずですし2)、同社の営むガス処理事業は設備産業であり、非常の多くの資産(プラント・パイプライン等)を地表に主有していますから3)

つまり、日経新聞の推測するシェルによる西クルナ油田撤退の理由の一つ「治安面の懸念」は間違いである可能性が高いと結論付けるのが妥当と思われます。

当然、これはイラクの同地域が”安全である”という意味ではありません。シェル社にとっては、投資利益、自社の危険情報収集能力やいざと言う時の人員退避プランや実行能力等を勘案して、少なくともイラクのこのエリアの治安リスクは受け入れ可能なレベルである、と言うことです。誤解を恐れずに言えば、「歌舞伎町が危険すぎて行くべきでないかどうか」は行く人とその目的次第で答えが変わるのと似てると言えばわかりやすいでしょうか。もう少しまともな(?)例で言うと、信号を渡るのも車を運転するのもリスクはありますがベネフィットと必要性が勝ると意識的・無意識的に判断してるわけですよね。

また、別の見方をして同じような結論に達することもできると思います。つまり、「なぜ今なのか?」という単純ですがいつも思考を助けてくれる強力な質問・疑問ですね。

治安が問題なのであれば、なぜわざわざ2017年12月にイラク政府がイスラム国に対して勝利宣言をした直後に資産を手放すのでしょうか?

こちらのBBCの記事を見て下さい。

2015年には一時はバグダッドに迫ったイスラム国支配地域も2018年1月にはイラク国内からゼロとなっていますね。上の地図エリアつまりシェル社のイラク事業実施地域はバグダッドより更に直線距離で450㎞程南東であり、BBC記事の地図には含まれてすらいません。

シェルは再生可能エネルギーへの投資を増加させる計画ではあるが

続いて、「化石燃料への投資の鈍化」が傾向として表れているかどうかを見て行きます。これは第一の検証ポイントよりも圧倒的に複雑且つ根の深い問題です。

まずは2017年10月1日付のFTのこちらの記事を見て行きます。重要なポイントは以下の通りです。

  • シェルは2020年までに新エネルギーに年間最大10億ドルを投資。これは年間総投資額250億~300億ドルの3~4%に過ぎず、残りは化石燃料、特にガスへの投資をより増やしていく
  • CEOのBen van Beurdenによると、現在の油価で会社を持続可能な状態に保つのに必要な最低投資額は180億~190億ドル。一方2017年の投資額は250億ドル
  • シェルはEV等に代表されるエネルギーの電気化の流れは数十年(“decades”)かけて進むと見ており、以前の太陽光発電事業失敗の経験からもことを急がず、どのようなバランスを取るべきか、どのような速度で変化していくべきか探りながら、徐々にそのような変化に対応していく

これらのポイントから、シェルが中長期的(“decades”)にはエネルギー産業構造が大きく転換するとみている一方で、今すぐに化石燃料への投資を取りやめるという姿勢は見えてきません。

寧ろ、資本主義下の企業の姿勢として当たり前ですが、シェルも成長投資を行う意向を明確にしており(上記2点目: 持続可能なレベルの投資を60~70億ドルも上回る投資を計画)、今すぐ新エネルギーに大きく踏み出すことはしないと言っている以上、化石燃料企業としての成長を志向している訳です。

尚、後日シェルは、株主からの要請を受けて新エネルギーへの投資を増やす計画を発表したようです。2017年11月28日付のこちらのThe Guardian記事をご覧下さい。ポイントは以下の通り。

  • 2018年~2020年の間、新エネルギーに年間10億ドル~20億ドル投資する。最大10億ドルとしていた以前の計画から増加
  • 2050年までに、同社が販売するエネルギーからの二酸化炭素排出量を半減する
  • 新エネルギー部門を、既存事業を通じて若しくは会社買収を通じて成長させていく

二酸化炭素排出量の削減にも数値目標を設定し、最初の記事よりも脱化石燃料化の姿勢が相対的には強まっているように見えますね。但し時間軸の長さと、投資の大枠は変わっていないことに注意して下さい。

2018年1月24日のこちらのFortune記事も大変参考になります。少し長い記事ですが、ここでの議論に直接関連してくるポイントを取り上げてみます。

  • シェルの社内分析によると最速で今後10年以内に石油の需要はピークをつける可能性があり、この需要低迷に伴い油価は”lower forever”となる可能性がある
  • van Beurden CEOは油田ポートフォリオについては油価40ドル以下でも❝good return❞を上げられるプロジェクトのみに絞り込んでいる
  • シェル社内のシナリオチームのトップJeremy Benthamは、今の石油業界は”radical uncertainty”の時代にあると言っている
  • Benthamとそのチームは、4つのシナリオを作成。これは2つの軸に「世界の全エネルギー需要」と「新技術の発展」をとって、以下の様な4つの領域を作り出したものである。これらのどれが実現するかはシェルには予測不能。
    • 高「需要」 – 低「新技術発展シナリオ」:石油需要のピークは2040年代後半
    • 低「需要」 – 高「新技術発展シナリオ」:ピークは2020年代の半ば
    • (高「需要」 – 高「新技術発展シナリオ」及び低「需要」 – 低「新技術発展シナリオ」については記載なし)
  • CEO「これまでと違うチャレンジは、未来がどこに向かっているのかもはやわからないということ」
  • CEO「この世紀の後半には、エネルギーシステムの半分以上が再生可能エネルギーであるかもしれない。ソーラーが中心となり、風力も重要なニッチになる。このような、エネルギーシステムの最大要素となるかもしれない非化石燃料エネルギーシステムで事業を行いたければ、そのバリューチェーンの中で必要となる会社としての能力を身につけなければならない」
  • シェルは経済的な規律よりもエンジニアリング技術を誇りにする会社であったが、組織文化を変えて、深海油田プラットフォームやシェールガスプロジェクトのデザインの単純化に取り組んでいる。例えば、メキシコ湾深海油田であるVito油田では、油価が100ドル程度であった2014年初頭時のプラットフォームデザインはトップサイドの重量が4万トンであったところ、現在は8,900トンまで削減している。

この記事からは、最初のFTの記事よりも、石油需要のピーク到来に対するシェルの危機感がひしひしと伝わってきます。

一方で、最も大事なのは「実際にどのようなDecision及びActionを取っているか」につきます。

この点においては、シェルが必ずしも新エネルギーへのシフトつまり石油需要ピークの最速ケースを元にして化石燃料資産全体を縮小し続けようとしている証拠は現時点では見られません。

まず、上記記事で、石油需要のピーク到来に対するシェルの危機感を受けての行動として、何よりも、低油価環境下での化石燃料事業の経済性の向上が主眼となっている様子が見て取れます。

また、化石燃料企業としての成長を志向した投資計画となっていることは既に上記で見た通りです。

加えて、2017年9月13日付のFinancial Tribune紙記事によると、イラクの隣国イランの巨大油田である、アザデガン(Azadegan)油田及びヤダバラン(Yadavaran)油田の開発計画をイラン政府当局に提出した、とあります。同油田の開発権を得る為です。

この油田は可採埋蔵量が52億バレル(Iran Daily維記事より)にもなると言われるまさに化け物級の油田で、とてもじゃないですが今後10年で生産をピークに持っていくなんて非現実的極まりなく、ましてやそれまでに可採埋蔵量を生産しつくしてしまう等不可能な油田です。

更に極めつけは、このアザデガン油田、シェルが2018年6月末を期限に撤退すると上で触れたMajnoon油田と同じ油田なのです(WorldOil記事より)。つまり、地下に油田があるところにたまたま国境が引かれて、国ごとに違う名称を与えられ、別々に開発生産を行っている、と言うことですね。

もはや自明と思いますが、本当に再生可能エネルギーへのシフトが理由でイラクの原油開発生産事業(Majnoon油田及び西クルナ油田)から撤退しているのであれば、実際には同じ油田の違う国側の開発生産事業に参加しようなんて誰も考えないでしょう。

以上から、日経新聞の推測するシェルによる西クルナ油田撤退の理由のもう一つ「欧州の再生可能エネルギーシフトの流れ」も間違いである可能性が高いと結論付けるのが妥当と思われます。

ではなぜシェルは西クルナ油田から撤退したのか?

さて、ではなぜシェルは西クルナ油田から撤退したのか?

人の仮説を否定していてばかりいても仕方がありませんから、筆者自身の見解を述べてみたいと思います。

結論的には2つの見方が有力です。

一つは、「隣接するMajnoon油田が、シェルの求める経済性が得られないと判断され、バランスシート改善の為の資産整理の対象とされたことに伴い、組織効率上ほぼ同時に売却された」というものであり、もう一つは、「西クルナ油田自体がシェルの求める経済性が得られないと判断され、バランスシート改善の為の資産整理の対象とされ売却された」という推察です。

要は、バランスシート改善の為の資産整理の一環であることはほぼ状況証拠が出そろっていると思いますが、個別案件としての西クルナ油田撤退事情は、油田としての経済性そのものが問題なのか、組織上の理由か、それともその他の理由によるものか決め手に欠ける、というのが、インターネットと一般業界知識のみに頼る筆者の現在地になります。

Majnoon油田固有の撤退理由

西クルナ油田固有の売却事由を考察する前に、まずはMajnoon油田売却に関して考察してみます。アザデガン油田とMajnoon油田の関係を思い出してください。これらは「同じ」油田でした。なぜ一国では撤退し、もう一国で同じ油田の開発を行うのかを考えてみましょう。

これには2つの可能性が考えられます。一つは技術的な理由、もう一つは契約内容の違いによるものです。但し、いずれに経済性の問題に行きつきます。

第一の点についてはデータがないのでもちろん何も言えませんが、アザデガン・Majnoon油田内の岩石特性等にトレンドが存在し、東側(たまたまイラン側)の方が生産性が高い、資源密度が高い等の理由で、結果として経済性が良いということは十分あり得ます。

一方、契約内容については、各国政府が裁量を持っているものですから、国によって異なって当然ですし、案件を取得する際の重要な判断要素となります。これには、収益の配分方法や作業計画に対する政府の影響力等も含まれてきます。

そして、この点についてはニュース記事から推測することが可能です。2017年9月13日付のロイター記事では、シェルスポークスマンの話として「Majnoon事業に対し、イラク政府が”performance penalty and remuneration factor”を適用。これにより同油田開発生産事業の経済性に大きな影響」とあります。

同日付の別のロイター記事によると、イラク政府関係者の話として、「シェルと政府は油田開発生産計画に合意できなかった」とあります。戦後復興で原油生産量の拡大を優先するイラク政府と、経済性を優先するシェルの間で見解の相違があったとしても全く驚きではありません。油ガス田開発では何を最適化・最大化・最小化するかによって開発の仕方が変わってくるのが普通ですから。

この開発計画及び契約内容について、2017年9月15日付けのPlatts記事から非常に多くの洞察が得られます。

まず、シェルは当時日量22万バレルであった生産量を同42万バレルにほぼ倍増する計画を有しており、大規模な掘削計画を2017年6月に開始したばかりであったようですが、そもそもシェルは、2009年に同油田の開発権を得た際にイラク政府に対して日量180万バレルの生産ターゲットを約束していたようですね。

また、大きな流れとして、イラクが戦後導入した”technical service contract”は石油開発会社にとって条件が厳しく、シェルのみならず他の石油会社も契約条件の再交渉、生産ターゲットの再交渉を行ってきていたようです。まあこれは各社当初の技術的な見込み and/or 油価の見通しが甘かった、と言われればそれまでのことでしょう。石油会社の歴史はそういった事例の宝庫です。

要するに、元々不利な契約条件のところに油価が下落し、開発を拡大して当初約束した生産ターゲットを達成するインセンティブが石油会社側には働いていない、という大きな問題があるように見受けられます。

以上を総合すると、イラク政府が生産拡大を求める中、シェルはそれに応えるという努力を見せる一方で、そのような拡張事業から同社が求める投資リターン・経済性を得る為に契約条件・生産ターゲットの変更の交渉を行うもイラク政府と合意に至らず、先般Majnoon油田からの撤退判断に至った、という見立てが有力だと思います。

西クルナ油田固有の撤退理由

一方、このMajnoon油田撤退決定と、西クルナ油田からの撤退がどのようにリンクしているかは正直はっきりしません。

同油田もMajnoon油田同様にシェルの求める投資リターンが得られないというのが一つの可能性であり、この場合「西クルナ油田自体がシェルの求める経済性が得られないと判断され、バランスシート改善の為の資産整理の対象とされ売却された」という推察が正しいことになりますが、同油田については、Majnoon油田と違ってインターネット上で情報が何も出て来ないので残念ながら検証不可能です。

西クルナ油田の操業主体は米エクソンモービルですが、2012年以降に低い経済性を理由に撤退のうわさが出ていた以降(例えばこちら)、近年は撤退に関する報道は今のところありませんが、

  1. 単純に各社投資基準及び油価の見通しが違うという可能性、
  2. 戦略的理由によりリターンは低くても継続保有している可能性、
  3. 経済性が相対的に高い油田である可能性

等が考えられます。

1及び2は前述の「西クルナ油田自体がシェルの求める経済性が得られないと判断され、バランスシート改善の為の資産整理の対象とされ売却された」と整合性が取れることになる一方、3の場合有力になるのが、「隣接するMajnoon油田が、シェルの求める経済性が得られないと判断され、バランスシート改善の為の資産整理の対象とされたことに伴い、組織効率上ほぼ同時に売却された」という推察です。

欧米の会社では一定規模以上の売り上げ・リターン・利益等がない場合や、戦略上の重点エリア・事業が変わった場合、部門毎売却・整理・統廃合することはよくあります。

このような視点に立った場合、注目する必要のある点は、Majnoon油田はシェルが操業主体であり、西クルナ油田はそうではない(云わば投資パートナーで開発作業は直接実施しない)という点です。

投資パートナーは、操業主体に比べ圧倒的に必要な人員が少なくなります。つまり、投資パートナーとしての事業管理の為にわずかな人員を残すよりも、Majnoon油田撤退に伴い、イラク国内の上流部門を完全に整理するインセンティブが働いたとしても不思議ではありません。特にバランスシート改善という大きな目的下での話ですから。この辺は投資パートナーとしての油ガス田開発が主体の日本の石油会社・商社との大きな違いだと思います。こちらは小規模人員で大規模油ガス田開発事業に参画できることがメリットになっているわけです。

まとめ

最後に本投稿の内容をまとめてみたいと思います。

  • シェルは、保有するイラク「西クルナ油田」20%権益の全てを伊藤忠に売却。日経新聞は❝英蘭シェルは治安面の懸念や欧州の再生可能エネルギーシフトの流れを受けて撤退を決めたとみられる❞と報道
  • 筆者の見立てではこの理由は間違いである可能性が高く、バランスシート改善の為の資産整理の一環であることはほぼ状況証拠が出そろっているとの結論
  • 一方、個別案件としての西クルナ油田撤退事情は、油田としての経済性そのものが問題なのか、組織上の理由か、それともその他の理由によるものか決め手に欠ける

日経新聞の仮説を否定しておきながら、自説については前節最後の方で推論のオンパレードになってしまいました。それでも異なる視点を提供することは少なくともできたのではないかと思います。

それにしても、一方ではイラク政府とガス処理事業で共同事業を継続且つ拡大し、他方では自社の主張が通らない・投資基準に見合わないとなると、同政府と大規模油田開発計画に”agree to disagree”して撤退する芸当。スーパーメジャーのなせる業と言えるかもしれませんね。

Disclaimer

最後に念のために触れておきますが、仮に筆者の推察が正しくても、伊藤忠商事の購入判断が正しいかどうかと言うのは全く別問題ですし、その点についてコメントする意図もデータも持ち合わせていません。そもそも「正しい判断」が「正しい結果」をもたらすという訳でもありません(交通事故なんて遭わないとたかをくくり自動車保険に入らず、今のところ実際交通事故に遭っていない。これは正しい判断と言えるでしょうか?)。

特に油価の見通しが重要な要素であるとすれば、これは誰にも予測できません。2000年代前半、高値掴みと散々揶揄された資産・会社買収がその後の油価高騰で超優良資産に、なんて言う事例も、本当に高値掴みで大損の事例も山ほどある業界です。

また、筆者は伊藤忠商事株式会社及びその関連会社とも一切雇用及び取引関係にない点も強調しておきます。

因みにこのRumaila、時としてイラク戦争のきっかけになったと言われる油田でもあります。諸説ありますし関連性も低いのでこれ以上はここでは取り上げません。

注釈

1) West Qurna 1とは正確には、West Qurna油田の開発Phase 1のこと。この開発部分を米エクソンとシェルが担当。Phase 2はロシアのルクオイル(Lukoil)が開発を担当(ノルウェーのスタットオイル(Statoil)は撤退済み)。

2) BGC社ホームページによると、従業員は大半(❝vast majority❞)がイラク人とありますが、シェルの出資比率の大きさから言って同社の従業員が一定数出向しているのはほぼ間違いないでしょう。人数はもちろん推定しようがありません。

3) BGC社ホームページによると、同社の保有するパイプラインを一本につなぐと、イラクのバスラからトルコのアンカラまでの距離に相当する、とあります。Google mapによると1713㎞になります。東京-那覇が直線距離約1,500㎞ですからこれより長いことになります。

また、North Rumaila NGL Plantと、Khor Al Zubair NGL and LPG Plantという2つのガス処理プラントも所有しています。因みにNorth Rumaila NGL Plantは日本の千代田化工が1980年に建設したもの、とあります。

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